松尾篤興のブログ「閑話放題」

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国分博文著「アクート歌唱法の原理と実践」を読み解く 001

         

http://www.voglio.org/acuto.htm


 女性歌手が胸声から頭声へ移行してベルカント唱法で歌うように、男性は胸声からアクートへ移行してアクート唱法で歌わなければならないのです。
 しかし、ベルカント唱法における女性歌手の胸声から頭声への移行に比べ、男性歌手における胸声からアクートへの移行は、格段に難しい歌唱技術を要求されます。
 何故、それ程の難しさが求められるかと言えば、アクートは胸声の発声方法とは全く異なったプロセスで発せられる「音声」だという事実です、つまり、アクートは声では無いと言う事です!(アクート歌唱法の原理と実践より)


 「美声を科学する」という本を書き始めた時、どうしても避けて通れなかったのはアクート唱法の問題でした。私が習得しえなかったアクートの技術を解説するには、それを伝授できる指導者の著述が参考文献としてどうしても必要だったのです。
外国では全く当たり前のように、アクートを操れる歌手は大勢見受けますが、日本に於いてアクートを系統立てて説明できる人物はなかなか見当たりません。
考えあぐねていた時、目に留まったのが国分博文氏の「アクート歌唱法の原理と実践」と題したブログです。早速連絡を取り、参考文献として掲載する了承を頂きました。


 アクート(acuto)とはイタリア語で鋭い【形】高音【名】などの意味がありますが、確かに鋭い響きの高音ではあっても、その実態は寧ろいわゆる実声ではなく、どちらかと云えばファルセットのように倍音から成り立つ、男声に於ける頭声と考えて頂けば良いのではないかと思います。


 ここで女声と男声の声について考えてみましょう。


 ベルカント唱法(女性)とアクート唱法(男性)の違い
実際には対極にあるこの二つの歌唱法を「ベルカント唱法」と言う概念で一括りにしてしまった日本の声楽教育がもたらした弊害はあまりにも大きい。
 喉を「開ける・広げる」はベルカント唱法です。アクート唱法はその逆です・・・前提としてパッサッジョ域では開けてはいけません。開けていてはアクートにはなりません。閉じた状態の声帯の間の呼気を通過させて鳴らす。会話や胸声歌唱による声帯の振動とは全く異なったプロセスから成り立つ歌唱法です。


【ベルカント唱法】
 パッサッジョ域でジラーレすることにより胸声から頭声への移行がスムーズに行えるカストラートや女性歌手の歌唱法。アッポッジョ・テクニックが基本となります。
 18世紀、第一次イタリアオペラの全盛期に君臨したカストラートの歌唱法の流れを汲む歌唱法と考えられます。そしてその歌唱法は女性歌手によって受け継がれてきたようです。


【アクート唱法】
 そして古典ベルカント唱法に遅れること150年(推定)、19世紀半ばに現れたヂュプレの頭声を使わないドラマチックな歌唱が聴衆の心を捉え、カルーゾ以降、イタリアオペラの主流となっていったようです。
 換声点の顕著な男性歌手は、パッサッジョ域でジラーレしてもファルセットにしかならないため、もうワンステップが必要になります。これがキューゾです。要するに喉を「開く」「閉じる」を同時にやる様なものです。ベルカント唱法よりも更に高い技術が求められます。
そして最も大切なのがアッポッジョ(支え)です。この支えが無いが故にパッサッジョが苦しくて開けてしまったり、逆に力尽くで、飲み込んだ強烈な喉声になってしまったりするのです。要するにどちらも喉声になってしまいます。
 そして何より根本的な原因はアクートを声の作為で行おうとするところにあります。アクートは地声の操作からは生まれません。胸声の延長では無いという認識から始めることが大切です。
 アクートは胸声とは全く異なる増幅された響きと感情の高揚を表す強烈なビブラートが特色です。録音してみると・・・いくらピークを抑えても振り切れてしまうほどです。また表示される波形(声紋)も胸声の波形とは著しく異なります。(アクート歌唱法の原理と実践より)


 女声と男声の発声法の違いについて、ここでは一線を画した論議が示されていますが、それは女性と男性では声帯の長さに違いがあるという、根本的な問題を抱えている事に他なりません。
 一般的に女性の声帯の長さは11mm〜15mm。男声の声帯の長さは17mm〜21mmと言われていますので、声帯の短い女性は胸声(地声)からいとも簡単に頭声(裏声)へ転換できるのですが、長い声帯を持つ男性は実声(変声後の地声)から頭声への移行は女性ほど容易ではないのです。


【ベルカント唱法】
 女性のベルカント唱法においては、パッサッジョ域から頭声への意向はジラーレすることで自然にシフトチェンジが可能です。


【アクート唱法】
 男性の場合、パッサッジョ域でジラーレしただけではファルセットになってしまいます。そこでキューゾの技術が必要となってきます。
 左の音声ファイルの音階練習はパヴァロッティやドミンゴ等、多くのオペラ歌手がウォーミングアップに使用するものです。ポイントは音階を歌う際に喉を詰めて歌うことなく、ジラーレしながらパッサッジョ域を迎え、それ以降はキューゾした声帯間の呼気を通過させ鳴らして行きます。先ず、力を抜いて行う事が大切です。この柔軟性をもって初めてアクートの歌唱は可能となります。


【ジラーレ】
 バス・バリトン・テナー、声種にかかわらず歌唱の大半はジラーレした上のポジション(胸声域の上のポジション)で歌われなければなりません。パッサッジョ域はこの「胸声域の上のポジション」を保ったまま通過します。そこで初めて、パッサッジョ域を超えて「胸声域の上のポジション」がアクートへ移行されて行きます。
 この「胸声域の上のポジション」とは喉から離れた声の事です。多くの日本人歌手がアクートの習得に足踏みしてしまう最大の理由は、概念的なベルカント唱法が独り歩きした、パッサッジョでは喉が過緊張に陥るから「広げなさい!」「リラックスしなさい!」と言う短絡的な指導による部分が大きいと感じます。喉声の延長でパッサッジョを歌っている限り、「軟口蓋を上げようが、広げようが」「リラックスしなさい」と指導しようが、人の生理として必ず過緊張に陥ります。自転車で左に曲がるのに「右に重心を掛けて曲がれ!」と指導することと同じです。パッサッジョを広げて通過しようとする事と「ジラーレ」は別物です。(アクート歌唱法の原理と実践より)

=続く=
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