松尾篤興のブログ「閑話放題」

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なぜ若者は「野党嫌い」か? 政治学者・野口雅弘氏が分析


 自民党総裁選で石破茂元幹事長の善戦を許し、沖縄県知事選では惨敗。安倍首相のレームダック化が加速し、今月下旬にも召集される臨時国会では、野党の活躍の場が増えそうだ。しかしその一方で、野党の支持率は低迷、期待感が高まっているとは言い難い。特に若者の野党支持率は絶望的に低い。この傾向について、若者が「コミュニケーション能力(コミュ力)」を重視するばかりに「野党嫌い」が進んでいるからではないかと分析した政治学者がいる。成蹊大学教授・野口雅弘氏(49)だ。一体どういうことなのか。


■「安倍1強」の土台は反対勢力に対する拒絶反応の強さ


  ――野党の支持率が低い、つまり「野党嫌い」の背景に、若者が「コミュ力」を重視している事実がある、とおっしゃっています。コミュ力を大切にし、波風の立たない関係を優先していれば、当然、野党の行う批判や対立を作り出す姿勢は、嫌悪の対象になる、と。


 そう考えたきっかけは、政党政治がちゃんと動いていないと思ったことです。政府が出した政策に対し、野党は質問し、「これは危ないんじゃないか」などと指摘をする。野党の指摘が正しければ、政府はそれを修正したり、引っ込めたりする。その延長線上に、野党が政権を取るということも起きる。そうした緊張感の中で、政党政治は動くはずなのですが、どうもそうなっていない。


  ――政党政治が動いていない?


 多くの人は、安倍首相に対し、特に森友・加計問題では批判的です。それにもかかわらず、自民党支持だったりする。若い世代ほど自民党の支持率が高いですよね。もちろん「野党がだらしない」というのはありますが、野党は何をしても評価されなくなっているのではないか、と思ったんです。


  ――それはどういうことですか?


 例えば、沖縄の米軍基地の問題。日本の人口1%ちょっとのところに70%以上の米軍基地があるのはフェアじゃない、ということは若い人も考えている。ところが、反対運動をしている人に対しては嫌悪感が強い。反対の声に政府が耳を傾けてくれず、菅官房長官などが「粛々と辺野古への移設を進めます」と言うわけですから、反対の声がヒートアップすることもある。しかしそうなると、フェアではないことへの憤りや国の姿勢に対する批判よりも、「自分はそういう喧嘩や対立には共感できない。無理です」という反応がすごく強く出てくる。野党がだらしないこと以上に、反対するという振る舞いや、反対勢力に対する拒絶反応の強さが、今の「安倍1強」を生み出している土台なのではないかと思います。


  ――「反対」することへの嫌悪感は、どうして生まれてくるのか?


 10年前に出た菅野仁さんの「友だち幻想」が、最近また売れているそうです。コミュニケーションの軋轢を避ける「同調圧力」を問題にした本ですが、こうした傾向は比較的若い世代に広く共有されていて、それが「反対」することを難しくしているのではないでしょうか。そして何より私たち大人の側が、それを求めているのではないでしょうか。例えば就職活動で集団討論をしますが、そこでは意見は言うけれど、ちゃんと空気を読んで、コミュニケーションが取れる人を企業側は求める。大学のアクティブラーニングで、学生に話をさせてグループワークをして、という時は、「コミュ力」の高い人がいてくれないと授業が回らないので、教員はそういう人を欲する。学生にすれば、「コミュ力」があれば就職でも大学でも有利になるので、「反対」することへの抵抗感が知らず知らずのうちにどんどん高まっていってしまう。


  ――つまり社会が「コミュ力」がある若者を求める結果、野党的な「反対」が嫌いになると。


 周囲に優しく気を使うコミュニケーションは否定しないし、それはそれで大事なことだと思います。でも、そうしたコミュニケーションの様式を政党政治やそのアクターである政治家に投影してしまうことには、大きな問題がある。ボクシングなら、しっかり殴るのがいいボクサー、ラグビーなら捨て身でタックルするのがいいラグビー選手ですよね。いい野党議員とは、政府が嫌がることをちゃんと質問して、問題やリスクなど、考えるヒントや材料を国民に提供してくれる人じゃないですか。ところが、「コミュ力」的な基準からすると、そういう野党議員は「安倍首相の足を引っ張っている」となってしまう。だから「野党の低迷」は、野党側の問題というより、有権者側の問題だと思います。


■日本の学校で教えるのは「みんな仲良し民主主義」


  ――波風の立たない人間関係をつくることと、政治で求められることは違う。


 考えてみると、日本の学校教育で先生が教えることって、「みんな仲良し民主主義」ですよね。そこにオポジション(対抗勢力・対抗関係)は一切ないし、それがいいとされている。私はドイツに留学していたのですが、ドイツの学校では先生も党派性を明らかにするし、異なる党派的立場を前提にして教室で議論するのが当たり前です。これに対して日本では、「中立・公正」が掲げられ、「思いやり」が強調されることもあり、党派性との付き合い方について学ぶ機会がほとんどありません。


  ――「みんな仲良し民主主義」だと、必然的に野党が損をする、つまり政権与党は得をするということですね。


 ドイツの法学者、カール・シュミットは、「AかBかの対立が激しければ激しいほど政治的だ」と言っています。100人中100人がAだと言ったら、それはそのまま実行すればいいわけです。政治的な問題とは、原発をどうするか、米軍基地をどうするか、消費税をどうするかなど、意見が分かれていて、どちらの方向に進むべきか頭を悩ませなければならない問題のことです。どっちに転ぶか分からない問題では、ガチンコの論争になれば負ける可能性があるから、権力を持っている人ほど対決を避けようとする。


 ――まさに安倍政治はそれです。


 自民党総裁選の最終日に安倍首相が秋葉原で演説しました。あの時に最も喝采を浴びたのは「野党は批判ばかりしている。批判からは何も生まれない。私は愚直に政策を前に進めていく」でした。あの「批判は何も生まない」と言った時の「批判」とは、「足を引っ張っている」とか「意地悪している」という意味です。議論して、相手に痛いところを突かれて、そうかと思って考えを変えたり、分かってもらうために丁寧に反論したり、という作業を一切放棄している。政治ではオポジションとの付き合い方が大事なのに、トランプ米大統領もそうですが、自分にとって都合のいいことしか言わないし、見ようとしない。自説を一方的に言い切ることと、相手を嘲笑することしかしない。だから議論が成立しない。


■「批判は何も生まない」は議論と反論の放棄


  ――そうすると、野党はどうしたらいいんでしょう?


 まずは野党というより、有権者側が野党に対する見方を少し考え直さなければならない、ということだと思います。安倍首相は次の国会で憲法改正について具体的に議論を進めると言っています。その時に、どういう異なる論拠がぶつかり合っているのか、野党の質問に対し政府側はしっかり答えているのか、地味に論点を詰めていく作業が絶対に必要です。「野党が安倍首相の足を引っ張っている」ではなく、対立している論点や論拠をしっかりと見ることが求められています。


  ――野党の側は?


 長期的に政策を考えて論点を出して、政権に問いただす。結局、そういう作業を根気よく続けていくしかない。


  ――気の長い話ですがやはり正攻法しかないですね。


 安倍首相の政治手法は「分断の政治」といわれます。昨年の秋葉原の演説で口にした「こんな人たち」という表現などまさにそうです。そして、安倍首相の手法のもうひとつが「お友だち政治」。「(コミュニケーション不能な敵を措定することによる)分断か、(話さなくても分かってくれる)お友だちか」というのはどちらも政治の否定です。政治の所在はその中間にあります。野党は、ガチな論争になるので政権側が避けようとする、この危ない「中間」の領域に入っていき、そこでお互いの身を危険にさらすような論争をすることができるかが、これからの勝負だと思います。


 (聞き手=小塚かおる/日刊ゲンダイ)


▽のぐち・まさひろ 1969年東京都生まれ。早大大学院政治学研究科博士課程単位取得退学。哲学博士(ボン大学)。専門は、政治学・政治思想史。著書に「闘争と文化」(みすず書房)、「官僚制批判の論理と心理」(中央公論新社)、翻訳にマックス・ウェーバー「仕事としての学問 仕事としての政治」(講談社学術文庫)などがある。
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