松尾篤興のブログ「閑話放題」

今迄にない科学的な整合性から導かれた正しい発声法から、日本の政治まで、言いたい放題の無駄話。

杉江弘氏が警鐘 羽田は新ルートで世界一着陸困難な空港に


杉江 弘氏(航空評論家・元JAL機長)


 こんなに近いのか――。先月の「実機飛行確認」を見て驚いた人も多いはず。29日から運用が始まる羽田空港の新飛行ルート。五輪に向けた国際線増便を口実に、都心上空を大型旅客機が手が届きそうな低さで飛ぶようになる。この期に及んで現場は大混乱だが、その元凶は何か。ボーイング747の飛行時間世界一の元JAL機長で航空評論家の杉江弘氏がパイロット目線で解説する。


 ――運航開始直前に新着陸方式を巡り、現場がまだ混乱しています。


 最大の問題は機体を降下させる時の角度(降下角)が急すぎるのです。世界の国際空港は大半が3度なのに、新ルートは例のない3.45度。3度超は付近に山や障害物がある場合や中小型機対象の空港に限られます。かつて世界一着陸が難しかった香港の旧啓徳空港でさえ3.1度。0.45度の違いでも、パイロットの実感では滑走路がせり上がって見え、まるで落下するジェットコースターのようです。


 ――国交省は昨年7月末に突然、3.45度の降下角を表明しました。


 まさに青天のへきれき。計画発表から昨年まで約6年、新ルート下の住民や自治体にずっと3度と説明してきた。国交省は急角度なら飛行機が高度を飛び、騒音は低減すると説明しますが、その検証はせず今後も予定していません。科学的根拠もなく、騒音低減を押し通す。しかし騒音問題の専門家に聞くと、低減効果は1.3デシベル程度。人間の耳では違いを感知できないそうです。


■影を落とす米軍・横田空域
 ――となると、騒音対策以外の理由があると。


 何かあると思っていたら、ある大手航空会社の内部資料が手に入りました。「国交省と情報を共有」とあり、以下の旨が記されています。2本の新ルートのうち1つは着陸体勢に移る手前、中野区上空辺りで在日米軍・横田空域の東端に差し掛かり、民間機の下を飛ぶ米軍機との垂直感覚を保つため、高度3800フィート(約1222メートル)以上を飛んでくれ、と。その地点から滑走路端まで直線を引いた結果、角度が3.45度になったのです。国交省は絶対に認めませんけど、それが世界に例のない急な降下角の真相です。


 ――米軍の存在が影を落としていたのですね。


 国交省は米軍の要求に応じて机上で作図しただけです。パイロットや管制官に何の相談もない。ようやく説明会を開いたのは今月2日です。しかも、もう1つの並行ルートは横田空域に抵触していません。安全を考えれば、せめてこちらは3度にすべきなのに、3.45度に設定したのです。


 ――えっ、なぜです?


 その理由もまたすごい。「騒音対策」と打ち出した角度だから、もう1本下の住民との公平性が保てない、と内部資料には記されています。


 ――真相を明かさず建前優先とはひどい。


 安全を考えているとは、とても思えません。


 ――3.45度の急降下で想定されるアクシデントを教えてください。


 まず急な降下角は減速しにくい。特に大型機は慣性力が強く、なかなか減速できません。エネルギーが強すぎて滑走路に車輪が着いた際、機体がバウンドする恐れがあります。1度バウンドした後、どう着陸させるかはパイロットも実は訓練しておらず、各自の経験任せ。着陸をやり直すか、そのまま着陸を試みるか、その際、懸念されるのが尻もち事故です。最近の航空機はストレッチタイプといって胴体が長い。着陸の際、尾部と滑走路との間隔が1メートル以下の場合もしょっちゅうあります。だから、ホンの少し機首を上げるタイミングを誤ると、尾部をこすってしまう。昨年5月、41人が死亡したロシアの航空機炎上事故も尻もちによるものでした。


 ――航空機事故といえば、どうしても1985年の御巣鷹山のJAL機墜落を思い出します。


 あの大惨事も78年に伊丹空港で起こしたひどい尻もち事故が遠因。壊れた胴体の修理ミスにより、520人の命が一瞬で奪われた。尻もち事故は数年後の惨事につながる危険性もあるのです。


 ――軽く見てはいけませんね。


 また、最後の着陸操作は手動です。急角度だと、従来よりも高い位置から機首を上げ始めるため、難易度は格段に上がる。機首下の前輪から着陸し、胴体のひび割れ事故も想定されます。


 ――急角度の進入に危うさを感じます。


 急降下による事故を防ぐため、今は日本の全ての航空会社に「スタビライズド・アプローチ(安定的な進入)」という運航規程があります。空港手前の地上300メートル地点に近づいたら、降下率は毎分300メートル以内と定めています。私がJALの安全推進部に所属していた90年代半ばに考案、導入したものが各社に広がったのです。規程のおかげで過去25年ほど、大きな着陸事故は一度も起きていない。規程の想定降下角は3度。想定外の3.45度で計算すると、ボーイング777など着陸重量の大きな航空機は無風でも最初から降下率が毎分300メートルを超えてしまう。小型機でも風次第で超えます。つまり3.45度は運航規程違反につながるのです。
巨大ビル群にぶつかっていく感覚


 ――航空会社の運航規程は国交省が認可しているのではないですか?


 そうです。パイロットの免許付与や定期検査は、この規程を守れているかが審査項目。違反すれば乗務できないのに、国交省が規程違反を黙認とはあり得ません。


 ――世界100カ国以上、10万人以上のパイロットが加入するIFALPA(国際定期航空操縦士協会連合会)や、約290の世界の航空会社が加盟するIATA(国際航空運送協会)も3.45度への懸念を表明しています。


 操縦士も経営側も皆、国交省の安全軽視に仰天しているのです。IFALPAは声明で、着陸操作中に対地接近警報装置(GPWS)が「降下率」の警告を作動する可能性を指摘しています。GPWSは安全運航の最後のとりで。危険な状況になると大きな警告音が鳴り、本来なら緊急回避のため、着陸をやり直す必要がある。警報が出るほど危険な進入を強いること自体、無謀です。


 ――警告を無視し着陸しろということですか。


 どのパイロットも未体験の急な降下角での「実機飛行確認」を乗客を乗せた状態で行ったのは、どう考えてもおかしい。当初は「試験飛行」と称したのに、直前に「確認」と言い換えました。この「試験」は管制官の訓練が主な目的。2ルートを飛ぶ航空機同士がニアミスを起こしやすいため、管制官がどうさばくのかの訓練でした。


 ――どうしてニアミスが起こるのですか。


 東側から並んで飛ぶ2機はどちらも急旋回して着陸体勢に入ります。管制官はGPSで決めた任意の2地点に誘導しますが、2機の高度差は約300メートルしかない。急旋回時に速度を十分に減速できないと、旋回半径が大きくなり、ニアミスの危険性が生じます。この進入方式も世界初。2機の一方は東、片方は西から進入できればいいのですが、西側は横田空域なので一切、飛べません。世界初の危険な方式を導入するしかないのです。


 ――ここにも米軍が影を落としています。


 国交省は先述の高度3800フィート地点から急降下し、1500フィート(450メートル)地点で従来の3度に合わせるルートを容認するようです。しかし、この急降下は3.45度を軽く超え、危険性が増す。さらに猛暑の夏は航空機がより高い高度を飛ぶ。高度計の標準大気は15度。気温と気圧の状態によって数値が変わるため、実際はもっと高度を飛ばなければいけません。すると、急降下時の角度は4度超。鳥が餌を求めて海に突っ込むような急角度です。


 ――しかも急降下中に新宿や渋谷の上空を飛ぶことになります。


 コックピットでは横と前方の距離感はつかめますが、眼下の建物の距離感は難しい。垂直感覚は人の能力では捉えにくいのです。パイロットは高層ビル群にぶつかっていく感覚になります。


 ――コロナ騒動で相次ぐ国際線の減便や中韓両国からの入国制限と運用の前提は崩れています。


 計画を白紙に戻し再検討すべきです。そもそも郊外に移した国際空港を再び都市部に戻すのは日本だけ。世界のトレンドに逆行します。羽田の再国際化は外圧ではなく、あくまで日本政府の意向です。カジノ誘致に新滑走路建設と利権の噂も絶えない中、なし崩しの航空行政は許されません。改めて本格的に国会で議論して欲しいですね。
(聞き手=今泉恵孝/日刊ゲンダイ)


▽すぎえ・ひろし 1946年、愛知県生まれ。69年慶大法学部卒、日本航空入社。パイロットとしてボーイング747の飛行1万4051時間は世界記録。2011年に退役後、航空の安全問題について執筆、講演を行う。最新共著は「パイロットは知っている 羽田増便・都心低空飛行が危険なこれだけの理由」(合同出版)。
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