松尾篤興のブログ「閑話放題」

今迄にない科学的な整合性から導かれた正しい発声法から、日本の政治まで、言いたい放題の無駄話。

黒い星から来た歌手達 第14回 オペラ、美食、肥満

最近はそれ程ではないにしてもオペラ歌手はどうして肥満体が多いのでしょう。かく言う私も現役時代は86kg,170cmの体格でしたのでお世辞にも中肉とは云えぬものでした。
オペラというものは歌だけ歌えば良いと云うものではなく、歌の内容に合った演技、表情、仕草が要求されます。いえそればかりではありません、台詞も喋れば、時としては踊りも踊るし、決闘の時などチャンバラ迄こなさなければなりません。
これらの内容が1日3時間、凡そ3ヶ月程続いた上で、やっと公演の本番を迎える事ができるのです。云ってみれば疲労困憊の挙げ句、本番の舞台を務める事になるのです。
歌手というものは自分の身体が楽器ですので、人一倍自分の健康管理については神経を使います。特に声帯は粘膜で出来ているので、これらの保護、管理については必要以上ナーバスにならざるを得ません。
1959年NHKイタリア歌劇団公演で来日したマリオ・デル・モナコなどは、舞台袖待機している間、隙間風をとても気にしていたくらいで、自分の喉を守るのは誰しも変わらぬものだと感じた思い出があります。
本番間近になると練習も日増しにハードになり、周りも張りつめた雰囲気になってくると精神的なストレスは一気に頂点に達します。襲ってくる疲労感は並大抵のものではありません。そこで疲れているから何か精のつくものを食べよう、と云う考えが頭をもたげます。
何しろオペラというものは大ホールで数十人が演奏するオーケストラを相手に一人で歌を歌わなければならない、そう考えただけでもすでにこの時点で肥満の触手は歌手に忍び寄っているのです。
元気を取り戻さないと良い声は出ない。元気になるためには矢張りステーキだ、いや鰻かな、もっと高カロリーな食べ物はないかと必要以上のカロリーを摂取してしまいます。
考えてもご覧なさい、いくら大声で歌ったところで人間の身体が消費するエネルギーは知れたもので、声帯や歌うために必要とされる一部の筋肉を使うに過ぎないのですから。
要は精神的な疲労感からくる思い込みで、疲労感を払拭するために、闇雲に高カロリーな食事を摂取している自己満足に過ぎないのを自覚していないだけの話なのです。


もうひとつ厄介な問題が絡んでいます。と云うのは東京などの本公演以前に地方公演、いわゆる旅回りがひかえていることでしょう。私がデビューした1950年代の日本には労音(勤労者音楽協議会)と云う団体が主催するオペラ公演が盛んで、例えば1955年ペギー葉山主演のミュージカル「可愛い女」は俳優座と二期会の合同公演で、千田是也演出、安部公房原作、黛敏郎作曲、岩城宏之指揮、は労音ミュージカルとさえ呼ぼれ、練習期間を入れると凡そ1ヶ月ほど現地に滞在しなければならなかったのです。二期会からは立川清登、栗本正、俳優座から横森久などが参加し、その他大勢には若き関口宏や柳生博などの面々もみられました。
毎日稽古が続き、ときには徹夜の稽古にもなりかねなかったハードなものでしたが、出演者全員約1か月、食い倒れの大阪を堪能したのは間違いのない事実でありましょう。
こうしてオペラ公演は御当地グルメのご褒美こみの晩餐会が待っていたわけです。
昔はオペラ歌手と云えば肥満の代表でしたが、現在はそんなに甘い世界ではないのですよ。

     

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