松尾篤興のブログ「閑話放題」

今迄にない科学的な整合性から導かれた正しい発声法から、日本の政治まで、言いたい放題の無駄話。

黒い星から来た歌手達 第18回 地声 裏声 アクートの謎


前々回の声区についての話が、私の中で完結していない様にも思われますので、アクートにも繋がるこの論点の整理を試みたいと考えます。
女性の地声を胸声(Voce di petto)と呼び、変声した成人女性の話し声の声域に対する呼び名で、個人差もありますが、凡そB4位までの音域、地声の上限を擬似パッサッジョといいます。これから上は裏声、ファルセットになるわけで、声帯靭帯のみが合わさり、どちらかと云えば緩い声帯の締まり方ですので、胸声の様な強い響きの声が出ないために裏声と呼ばれる様になったのでしょう。
女性の声帯は男性に比べて2/3程ですので、その分地声(胸声、実声)からファルセット(裏声)に移行しやすいのですが、中には胸声(地声)と裏声がはっきり区別できる人もいます。由紀さおりさんや美空ひばりさんなどは、何方かと云えば意識的に使い分けているのかもしれません。それに比べ何時ファルセット(裏声)に移行したのか自分でも分からぬ人もいます。というのもこれらの人達は無意識にファルセットへ移行する時に声帯靭帯だけではなく、声唇(声帯筋)を使ってより強い声の響きをつくっているのですが、これらの声を頭声(Voce di testa)と呼び、余りにも強い響きが出るので頭声を女性の実声の範疇にいれてしまいました。この科学的根拠の無い頭声を女性の実声とする位置づけは、声楽界に多大な混乱をきたし論理の整合性を妨げています。
男性の高音域でも同じ様な誤認が起こっています。19世紀中頃、パリオペラ座でロッシーニのオペラ「ウイリアム・テル」が初演された時の事、それまでアルノール役は美しいファルセットで歌われてきましたが、新進テノールジルベール・デュプレは高音域を見事なアクートで歌い切ったのですが、ジルベール・デュプレは最高音まで全てを胸声で押し通した、と記されています。
アクートの原理が良く理解されていなかった所為もあるのでしょうが、アクートの声の響きが余りにも強烈な印象だったための誤認であることが逆に伝わってくる記述となっています。
この様にファルセットの声に声唇(声帯筋)の働きを加えたり、声門閉鎖を行う事によって、息のスピードに変化が生じ、特殊な倍音が発生したりするのはトランペットのHigh noteなどにも見られる現象で、女性の頭声とは違ったメカニズムから生まれてくる男性の頭声とでも云えるでしょう。従って女性にアクートは無い、と主張する向きもありますが、ファルセットを主体とした新しい倍音の発生という意味に於いては一卵性双生児か二卵性双生児の差でしかないではありませんか。
ベルカントの時代は裏声である頭声は高音域になるほど薄く、細い響きになっていた女性の声を、甲状軟骨を前傾させる事によって声帯靭帯を伸展させ、高音域まで均一な声の響きを作ることに成功しました。今後は男性のアクートを見習って、声門閉鎖を行い、より鋭い女性の頭声が生まれてくるのは当然の成り行きであろう事は十分に想像できるでしょう。なぜなら時代がその様な作品を望むからで、発声法や歌唱法もロッシーニ以降大きく変化してきたものであるのは歴史認識からも云える事であり、今後クラシック界に於いてどの様な新しい変化が齎されるかは現在のところ具体的に言及できませんが、必ずや新しい作品が生まれる事によるイノベーションは起こるに違いありません。
そんな事よりも、先ず現在誤認されている女性、男性の頭声、並びに実声の概念を正す事が先決ではないでしょうか。女性の頭声は飽くまでもファルセット(裏声)が実声の様に聞こえたと云う印象だけで何ら科学的な根拠はないのです、また男性のアクートも実声でも胸声でもなく、ファルセットの新しい倍音によって生まれたものだという正しい認識を持つ事が次の改革に繋がると考えます。
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