松尾篤興のブログ「閑話放題」

今迄にない科学的な整合性から導かれた正しい発声法から、日本の政治まで、言いたい放題の無駄話。

国分博文著「アクート歌唱法の原理と実践」を読み解く 002

http://www.voglio.org/acuto.htm


ここで女性と男性の声の特質について整理してみようと思います。

上に示した図は男女の声域についての表です。女性の声帯の長さは個人差にもよりますが、11mm〜15mm、それに比べ男性の声帯の長さは17mm〜21mm、だとすればアルトで低い声が出る人は、テノールの甲高い声の人よりも声帯は短い、アルトの低音とテノールの高音が同じピッチである可能性があるのです。
つまりアルトの C1のピッチとテノールのC2のピッチは同じ振動数だという事になります。実音は男声よりも女声の方が1オクターブ高いと言われるのも、譜面と実際の振動数との誤認によるものではないでしょうか。


女性の話し声は胸声と呼ばれる地声に相当するものですが、普通擬似パッサッジョ、B1〜H1の辺りが上限とされ、声帯の短い女性は自ずと頭声へと変化します。頭声とは言ってみれば女声のファルセットであり裏声にあたるものですが、この頭声も声帯靭帯だけが合わさったものと、声帯靭帯だけではなく声唇(声帯筋)までしっかりと閉じられたものがあり、同じ頭声にしても前者は薄い透明度の高い、例えれば由紀さおりさんの様な響きの裏声であり。後者はオペラなどで耳にする強い響きの頭声なのです。
ここでお断りしておきますが、現在では女声の頭声を女性の実声と認識するのが一般的な考え方の様です、しかし女性の頭声は飽く迄も裏声(ファルセット)に当たる倍音によって構成されるものですので、胸声を地声として実声と認めるならば、頭声は飽く迄も裏声(ファルセット)に当たる倍音によるものと考えなければ論理的な整合性は生まれません。頭声への移行があまりにもスムーズで恰も実勢の様な強い響きを持つところからこの様な誤解が生まれたものではないでしょうか。
声帯靭帯、声唇(声帯筋)を動員して強い響きを得た頭声ですが、訓練によって擬似パッサッジョより低い音域をカバーすることもできます。クラシックの歌を習い始めると、この音域を頭声で歌うことが要求される様になりますが、分類によってはこの中音域を中声と呼ぶこともあります。いずれにせよ女性の話し声は頭声に当たる倍音によるものであり、実声ではないという認識を持たなければなりません。


次に男性の声について整理してみましょう。
前に述べました様に男性の声帯は女性の声帯よりも50%ほど長くできています。したがって変声期になると実音のピッチは女声より1オクターブ低くなってしまうのですが、それだけではなく、パッサッジョを過ぎるとファルセットになり、女声の様にスムーズな頭声への変化は行われません。
17世紀半ばまで男性の高音域歌手は去勢手術を受け、カストラートとして活躍していたのは、映画「カストラート」にも克明に記されていますが、ウイーン少年合唱団などは変声などで14歳になると退団するのは、ボーイソプラノの声を維持するためでしょう。
この様に男性は声帯の構造が女性とは異なるために、パッサッジョを過ぎた高音域では女性とは違った発声のメソッドを習得しなければならず、国分氏が女性はベルカント唱法、男性はアクート唱法と区別するのもこの様な理由からだと考えられます。
男性の実声は言うまでもなく変声した大人の声です。女性も変声期には声変わりをしますが、男性ほど顕著な変化は見られないのが通例で、パッサッジョを過ぎると、通常の男声はひっくり返るかファルセットになるのは高音域で声帯靭帯しか使わなかった時で、テノールの様に声帯が短い人は努力すれば、パッサッジョを過ぎても声唇(声帯筋)を使って胸声のままパッサッジョ以上の高音域を歌うことができます。日本のテノールの大部分はこのアペルトな発声法と言えるのです。
19世紀の半ば、それまで全盛を極めたベルカントオペラの高音域歌手カストラートは「ウイリアム・テル」のアルノールを歌ったジルベール・デュプレによって消滅の憂き目にあいますが、これらもイタリアで起こったヴェリズモ運動によって新しいオペラ作曲家の台頭による世代交代の結果ということができましょう。
それまで歌われていたカストラートの華麗なファルセットに対して恰も実声で歌っているかのような印象を受けたために、これらアクートの声を実声としてしまったところにアクート唱法に対する誤解が生まれてしまいました。
パッサッジョを過ぎた男性の高音域は、
*声唇(声帯筋)を使って胸声のまま高音域をカバーするアペルト。
*声帯靭帯だけを使って歌うファルセット。
*声帯靭帯と声唇(声帯筋)を使ってファルセットではない新しい
 倍音によるアクート。
これら三つに集約することができるでしょう。喩えて云えば女性の頭声にあたる男声の新しい頭声とでも云いましょうか、実声のような強い響きを持った倍音によって構成されているからこそ、人々はこの声をアクートと呼んだに違いありません。
尚アクートは女声の中声のようにアッポッジョより低い音域をカバーできますのでこれらを中声と呼ぶこともできますが、アペルトで高音域を歌っている場合、アッポッジョより低い音域をカバーした場合、中声と云うより胸声に戻ったとしか云えないのではないでしょうか。


初めに示した図の色が「赤」は実声、「紺」は倍音、と分類して頂ければ論理的にも整合性が生まれ、イメージとしてもより具体的になるのではないでしょうか。
次回はアクート唱法の実際について読み解いていきたいと思います。
                      =続く=
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