松尾篤興のブログ「閑話放題」

今迄にない科学的な整合性から導かれた正しい発声法から、日本の政治まで、言いたい放題の無駄話。

黒い星から来た歌手達 第21回 ジラーレの正体


Girareとはイタリア語の曲がると云う意味ですが、発声技術習得の時、声をより豊かなものにする時などに使われる音楽用語です。同じ様な意味でドイツ語のDecken(覆う)なども多用されました。
要するに生っぽい声ではなく、後頭部へ回った奥深い声の響きについての提言なのでしょうが、多分に名歌手エンリコ・カルーゾの名言「声はうなじで響く」から来たものではないでしょうか。
その昔藤原歌劇団の指揮者、ガエタノ・コメリ氏のレッスンは一声出すと「ヒッパッテー」という掛け声がかかるので有名でしたが、確かに声を後頭部まで回して歌うイメージを教えるのも並大抵の努力ではなかっただろうと推測します。イタリア人のコメリ氏ですらこの様なイメージ論によるレッスンを展開していたのかと思うと、隔世の感を禁じえません。
あなたならこの様なマエストロの要求に直面した時、どの様に対処しますか?一体何を何処へ引っ張れと言うのでしょう。この様に声の響きに対するイメージは後を絶ちません。例えば薄い響きの声をVoce di bianchi(白い声)と呼び、深く豊かな声の事をVoce di nero(黒い声)などと言い現すものです。
そもそもイメージとは自分の脳裏に浮かんだ印象を指すものですから、そのイメージを他人にそっくり其の儘思い描かせようと考える方が無理な相談である事は初めから分かり切った事で、例えば「あお」について何をイメージするかと問えば、10人中10の答えが返ってくるでしょう。スカイブルー、紺碧の海、藍染の藍、緑なす山々、信号の青、緑茶、などなど。
この様に自分と同じイメージを他人に描かせる難しさ、それに頼る指導法の危うさ、などが当然問題とされなければなりません。しかし私達はついこの間までこの様な指導法で声について学んできたのです。曰く、響く声を出すために「目の後ろを開けて」曰く、高い声を安定して歌うためには「重心を足の裏より下に」曰く、通る声を出すためには「目の前にマスケラを作り、そこへ声を集める」
大の大人が若者を集めてこの様な無理難題を吹っかけ、できなければあなたの努力が足りないと叱責する。これではまさにパワーハラスメントと呼ばれても仕方のない事態かもしれません。
従来迄の声楽レッスンの大部分がイメージ論に頼ってきたと言われても仕方のない状態だった事は非常に残念な事だと思うのですが、教える指導者側がその仕組みの科学的な見解を持たない限り、これらのイメージ論による教育法は姿を無くす事はないでしょう。
さてジラーレですが、甲状軟骨を前傾させ、声帯全体の張力を増せば自ずと声の響きは音の高低に関わらず均一な響きを生むでしょう、これは弦楽器など、弦を巻き上げて張力を増せば、弦全体が持っている倍音をそのままにして、音程が上昇するのを見れば分かる事ですし、甲状軟骨前傾には胸骨甲状筋や茎突咽頭筋などの引き下げ筋、引き上げ筋などの筋肉の働きが必要でしょう。
以上の様な説明を加える事によって教師側と受講者側との認識は一致し、同じ様なイメージを育む下地ができるというものです。ガエタノ・コメリ氏の「ヒッパッテー」は引き下げ筋、引き上げ筋などの筋肉を引っ張れば良い事が具体的に理解出来る筈です。

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