松尾篤興のブログ「閑話放題」

今迄にない科学的な整合性から導かれた正しい発声法から、日本の政治まで、言いたい放題の無駄話。

大統領選のために戦争ゲーム 「自制を評価する」おかしさ

  


 すわ全面戦争か、と世界中が緊張感をもって見守ったトランプ米大統領の8日午前(日本時間9日未明)の記者会見は、イラク駐留米軍にミサイル攻撃したイランへの報復を追加の経済制裁にとどめ、武力行使は否定。とりあえず最悪の事態は避けられたといえる。
 トランプが自制したとして安堵のムードが広がり、原油の先物価格は急落。東証も大幅反発し、9日の終値は前日比535円11銭も値を上げ、2週間ぶりの高値を付けた。
 トランプに忖度してか、これまで国際社会にほとんど発信をしてこなかった安倍首相も早速、「自制的対応を評価する」とトランプを持ち上げていたが、ちょっと待って欲しい。「評価」でいいのか。これでむちゃくちゃな暗殺がチャラになるのか。
 そもそもイランからの攻撃を招いたのは、今月3日に米軍が、イランの英雄である革命防衛隊「コッズ部隊」のソレイマニ司令官らをドローンによる空爆で殺害したことが原因だ。国連憲章違反の先制攻撃と非難されても仕方のない暗殺だった。会見でトランプは「イランも沈静化の方向に向かっているようだ。これは世界にとって良いことだ」と満足げだったが、どの口が言うのか、である。
「一体、何だったのかというような『大トランプ劇場』でした。トランプ大統領は中東からの米軍撤退を支持者に約束してきた。しかしその一方で、支持者は『強いアメリカ』も望んでいる。イランをギャフンと言わせたいが、全面戦争する気はなかったのです。そんな荒っぽいやり方ですから、薄氷を踏むような戦争回避でした。それはトランプ氏の会見からも読み取れた。プロンプターを見ながら話し、一言もアドリブがなかったのです。支持者向けには勝利宣言ですが、イランには、これ以上はやめようというメッセージだったわけです」(上智大教授・前嶋和弘氏=現代米国政治)


■全面戦争なら長期化必至
 トランプ自制の裏にはイランが米軍基地を攻撃した直後に、米国に送った自制を求める書簡があったことも分かった。米国の利益代表を務めるスイスを通じて米国に「反撃しなければ、攻撃は続けない」と伝えたのだという。もちろんイランだって米国との全面戦争は回避したい。しかし、最高指導者ハメネイ師は「イランの最終目標は中東における米国の影響を終わらせること」だと演説している。完全に矛を収めたわけではない。
 イランは米国に対する当てつけのように国連に書簡を送り、米軍基地攻撃について「国連憲章51条に基づく自衛権を行使した」と報告した。書簡では、民間人や市民の財産に巻き添え被害はなく、軍事目標を標的とした作戦であることを訴えたうえで、「慎重に調整され、釣り合いの取れた」軍事的報復だと説明。トランプ米国との違いを見せつけた形だ。
 そんなイランに対して、トランプがおじけづいたのが、8日の会見ではなかったか。自制したのは米国がイランに勝てっこないから。やったら最後、泥沼化なのが分かっているからだ。
 現代イスラム研究センター理事長の宮田律氏はこう言う。
「イランが本気になれば、イラクにある米軍基地やペルシャ湾の米艦船に弾道ミサイルを撃ち込むことが考えられる。イランと同調するイラクの民兵集団も同時多発的に攻撃するでしょう。米軍は巡航ミサイルでの攻撃が考えられますが、イランはロシア製の対空防衛システムや空軍戦力を持っており、空爆は簡単ではありません。過去の歴史を見ても、米軍は犠牲者が出るともろい。国内の反戦世論が盛り上がり、撤退を余儀なくされます。イランは国土が広く、太刀打ちできないでしょう。全面戦争になれば、イランに決定打を与えることはできず、長期化が必至です」
 7日にソレイマニ司令官の出身地で行われた葬儀には、数百万人の大群衆が集まった。イランの国民感情は簡単には収まらないだろう。すでに経済制裁でイラン市民の不満は高まっているし、偶発的な衝突の恐れは残る。イラクやシリアでは親イランのイスラム教シーア派武装組織が活動している。8日もイラクの首都バグダッドで米大使館近くなどにロケット弾2発が撃ち込まれた。一触即発の危機が完全に消えたわけではないのだ。
 後先考えずに先制攻撃をしたトランプの自制を評価するのは、狂気の沙汰である。


■再選戦略の支持者アピールで最悪オプション選択
 イランに勝てないのに、なぜトランプは、司令官暗殺という最悪のオプションを選択したのか。背景にあるのは、今年11月に行われる大統領選で再選するための支持者向けアピールである。それは常軌を逸した選挙目当ての戦争ゲームだとしかいいようがない。
 トランプは会見で、ソレイマニ司令官の殺害について「米国人を標的とした攻撃を計画していたため」と説明し、正当性を振りかざしたが、トランプ政権になって、もはや米国の正義など死語だ。会見で「イランに核開発を断念させる新たな枠組み」の交渉に取り組むことを英独仏中ロの5カ国に呼びかけたのにも唖然とするしかない。
 機能していた現状の核合意から勝手に離脱して、ちゃぶ台返しをしたのはトランプだ。それも、オバマ前大統領が結んだ核合意だからで、オバマ憎しの延長線上。オバマ時代の政策を徹底的に否定することで、自らの人気を高めるのがトランプの再選戦略であり、視線の先には自身の支持者しか見ていないのである。
「米国にとってイランは不倶戴天の敵ですが、中でもイスラエル支持で特にイランを敵視しているのがキリスト教福音派です。福音派は全米人口の25%を占め、2016年の大統領選では福音派の票の8割がトランプ氏に投じられた。トランプ氏にとって、絶対に失いたくない大事な支持者であり、福音派はイランに対して厳しい対応を求めていました」(前嶋和弘氏=前出)


■イランを理解し、和平に努力こそ外交
 それでも、司令官殺害の根拠とされる「差し迫った脅威」については米議会も疑問視している。
 野党民主党が多数を占める下院では、ペロシ議長が、議会の明確な同意なしにイランに軍事攻撃できないようにする戦争権限決議案の9日上程を示した。トランプ政権の高官が8日、司令官殺害の軍事作戦について上下両院議員に機密の状況説明を行ったが、与党の共和党議員でさえも「私が見てきた中で最悪の状況説明だ」という厳しい声を上げている。
 米国内ですらこうなのに、日本は相変わらずのトランプ追随だから情けない。今になって安倍は「日本はすべての当事者に自制的な対応を強く求めてきた」と自画自賛し、「今後も地域の情勢緩和と安定化のために外交努力を尽くす」と胸を張った。全面的な軍事衝突が回避されたからと、中止を検討していた11~15日の中東歴訪を一転、実施する方向だという。
 訪問するサウジアラビアとアラブ首長国連邦(UAE)はイランに厳しい国とされる。誰のため、何のために行くのか。トランプ盲従のこの国のトップは、もはや正気とは思えない。前出の宮田律氏も呆れてこう話す。
「安倍首相は米国とイランの間を仲介するとしながら、イランにばかり自制を求めて、トランプ大統領には何も言わない。両国との良好な関係を持つ日本は、本来なら和平を調停できるのに、これではどうしようもありません。実は来月、在日イラン大使館でイラン映画の上映会を予定していて、日本イラン友好議員連盟に出席を呼びかけたのですが、議連会長である自民党の岸田文雄政調会長が『こういう時だからやめておこう』と判断したと、連絡がありました。安倍首相の姿勢に同調したのでしょうが、発想が逆ですよ。こういう時こそ、イランの文化を理解し、平和解決に努力する。それこそが外交なのではないですか」
 10日、海上自衛隊に中東派遣命令が出される。デタラメ政権によるデタラメ外交の被害者にならないことを祈るばかりだ。
(日刊ゲンダイ)
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