松尾篤興のブログ「閑話放題」

今迄にない科学的な整合性から導かれた正しい発声法から、日本の政治まで、言いたい放題の無駄話。

新型コロナウイルスについて医学的にわかっていること


<中国の感染者と死者は増える一方。新型コロナウイルスの特性を理解せずに自ら傷を広げている>
コロナウイルスは、20世紀まではヒトや動物に感染しても一般的な風邪の症状を引き起こす程度で、厄介ではあったが悪質なウイルスではなかった。だが21世紀に入ってからは、感染者を死に至らしめる可能性のある新型コロナウイルスが既に3回出現し、パンデミック(世界的大流行)の危機を引き起こしている。最初は2003年のSARS(重症急性呼吸器症候群)、次が2012年のMERS(中東呼吸器症候群)、そして2019年12月から中国・湖北省の武漢市を中心に広まっている新型コロナウイルスだ。同ウイルスは1月27日までに中国国内だけで少なくとも4515人の感染者と106人の死者を出しており、今後もその数は増える見通しだ。
感染の拡大を封じ込めるには公衆衛生と医療の両面からの対処が必要で、そのためにはその臨床的な特徴を明確に把握する必要がある。
だがこれまでに中国から入ってきている情報は断片的なものにすぎず、しかも同ウイルスが(比較的軽いものから命に関わるものまで)さまざまなレベルの肺炎を引き起こすという「中程度から最悪の結果」しか分かっていない。1月24日には医学雑誌ランセットに2つの研究報告が発表された(武漢で最初に入院した感染者41人と、そのうちの一家6人の感染状況に関する報告)が、そこにはウイルスに対処する上でのヒントと同時に懸念も示されている。


*感染源は本当に野生動物なのか
公式発表では、新型コロナウイルスの発生源は、武漢市の海鮮市場で売られていた野生動物だとされている。自然界で接触することのない動物同士が狭い空間に集められ、異種間の感染によって病原体が突然変異を起こした可能性があるというのが当局の説明だ。
だが12月1日と2日に確認された最初の感染者3人はこの市場を訪れていないし、研究対象となった41人のうちほかの11人も、同様に市場との接触はなかった。ウイルスは、かなり早い段階で進化を始めていたのだ。似たような肺感染症に埋もれて検知されない間にウイルスは感染力を増し、ヒトからヒトへと広まっていった。SARSの時と同様に、新型コロナウイルスもまた徐々に進化を遂げて毒性や感染力が高まっていく可能性がある。
コロナウイルスは直径わずか125ナノメートルだがほかのウイルスに比べれば大きく、大気中に長時間とどまったり数フィート以上先まで移動したりすることはできない。インフルエンザと同じように直接・間接の接触で感染を起こす。直接的な感染とは、たとえば友人や家族とキスを交わした際に内粘膜から感染するケース。間接的な感染とは、感染者の咳やくしゃみなどの飛沫と一緒にウイルスが放出され、それに接触することで感染するケースだ。
SARSの時と同様に、気管支鏡検査や吸入治療などの際に発生する飛沫が微粒子となって放出され、医療スタッフに感染して「スーパースプレッダー」になる可能性がある。飛沫感染は、手洗いや防護具(予防衣や手袋、マスク、ゴーグル)の装着によって減らせる。だがウイルスには潜伏期間があり、現在のところその期間は1日から14日間と推定されている。
さらに事態を複雑にしているのは、新型コロナウイルスがどれだけ広まりやすいかが分かっていないことだ。最近の中国政府の発表では、症状が出る前にほかの人にうつることもあるようだ(地球上で最も伝染性の強い病気の部類に入るはしかは、症状が出る2~4日前から感染力を持つ)。だが、感染しても症状が出ないで終わる人がウイルスを広めることはあるのだろうか? SARSのように発症してしばらく経った後は感染力が弱まるのか、それともエボラのように病気の進行にともなって感染力も強くなっていくのか? こうした疑問の答えは出ていない。
同じくコロナウイルス系のSARSやMERSと同様に、新型コロナウイルスも肺炎を引き起こす。だが肺炎はウイルスが引き起こし得る症状の一つにすぎない可能性があり、それが感染を検知しにくい原因のひとつだ。


*軽い初期症状から急激に悪化
実際、同ウイルスは症状が現れないものから命に関わるものまで、さまざまな病気を引き起こす可能性が高い。命に関わるケースでも、初期症状は発熱や乾いた咳、筋肉痛や疲労感など、ほかの多くの病気と同じような、より危険性の低いものだ。痰の出る咳や頭痛は滅多にないが、咳をした時に血が出たり、下痢になったりする症状は時折みられる。感染した人が体調を崩して医師の診察を受けようと思うまでには、約1週間かかる場合がある。
だが最初は穏やかでも、2週目に入ると症状は急速に悪化する(これもSARSとよく似ている)。肺の損傷が進行すると血中の酸素濃度が低下し、呼吸困難を起こして酸素吸入が必要になる。合併症として急性呼吸不全(ARDS)が引き起こされることが多く、このうち25~32%は集中治療室(ICU)で人工呼吸器などの補助装置を使った治療が必要になる。
そのほかの合併症には敗血性ショック、急性腎障害やウイルスが原因の心損傷などがある。肺の損傷が大きいと、細菌の二次感染による肺炎にもかかりやすくなり、実際にICUに入った患者の10%がこうした細菌性肺炎に感染する(1918年にスペイン風邪=インフルエンザ=が大流行した際も、死亡した5000万人の多くが細菌の二次感染による肺炎によって命を落としたとされている)。
肺炎は片方または両方の肺が病原体に感染する病気と定義され、ヒポクラテスの時代には既に「古代からある病気」として認識されていた。そして1881年、細菌性肺炎の主な原因である肺炎球菌がようやく特定された。それから100年の間に、医療の進歩と抗生物質の開発によって治療が可能になり、さらに集中治療専門医が増えたことで、細菌性肺炎の死亡率は1桁台に下落した。
その一方で、呼吸器系ウイルスによって重度の感染が引き起こされるケースがほとんどないことから、成人ICUの医師は一般に、ウイルス性肺炎の治療経験が比較的少ない。それでもSARSやH1N1型インフルエンザ、MERSの感染は重い肺炎や呼吸不全につながる可能性がある(よく使われる抗炎症薬の副腎皮質ステロイドは効果がなく、WHOは使用を避けるよう指導している)。効果的な抗炎症薬や治療法がないため、ウイルス性肺炎の死亡率は高い。
新型コロナウイルスの死亡率がどれぐらいかは分かっていない。同ウイルスに感染して死亡した人の数は、1月前半には10人未満で済みそうに見えたが、今では感染者全体の3%以上に増えている。これは報告そのものが増えたことを反映している可能性もあるし、感染から死亡までのタイムラグを反映している可能性もある。
感染者を死に至らしめるリスク要因が何なのかも分かっていない。一部の成人の感染者については、持病のために免疫力が弱っていたことが確認されている。そうした人の15%が死亡しており、その中でも高齢者や、糖尿病、高血圧や冠動脈疾患を併発していた人の死亡率が高かった。だが多くの患者はもともと健康に問題はなく、最近死亡した30代の男性も既往歴はなかったという。


*発熱ではわからない
感染者を見つけることは、治療よりさらに難しい。武漢では、約37.3度以上の熱がある人は誰でも感染の疑いがあるとしている。それが、肺炎の98%にあてはまる症状だからだ。それから一人一人に、どこかで新型コロナウイルスと接触した可能性があるか聞き取りをして対象者を絞り込む。理屈の上では、もっともなやり方だ。
だが実際には、これほど厄介なやり方はない。熱と咳という初期症状は、インフルエンザのように冬によくある疾患の症状と区別がつかない。熱が出る病気は、アレルギーや関節炎など感染症以外に何百もある。妊娠で熱が上がることもある。
武漢のような都市には、何らかの理由で熱を伴う病気の人が人口の約1%、1万1000人はいる可能性があるので、診療所や病院、医療スタッフは患者と仕事に圧倒され、検査も防護具も間に合わない事態となる。やむをえず熱のある人はすべて検査結果が戻ってくるまで病院で隔離すると、混雑した病院内で集中的に感染が起こるリスクが高まる。
国際空港での検疫も、タイと韓国では成功したが、アメリカとオーストラリアでは失敗した。検疫を通ったときはまだ潜伏期だったため、感染者を見逃したのだ。後で症状が出て病院を訪ねたときに、初めて感染が明らかになった。
より懸念すべきは、発熱を伴わないケースが何件かあったことだ。何の症状もない10歳の少女からコロナウイルスが見つかった例もあった。もし本当に新型コロナウイルスが症状も出ないうちから感染を広げられるのだとすれば、発熱は判断材料にならなり、スクリーニングの難易度ははるかに高くなる。
不思議なことに、子どもの死者は今のところまだ出ていない。不可解だが幸運だ。成人と比べて免疫系が未発達の子どもは、感染症にかかりやすい。RSウイルス肺炎がいい例で、大人はほとんどかからないのに、子どもは年間12万人近くが命を落としている。
だが新型コロナウイルスに関しては、症状を訴える子どもがほとんどいない。感染しないのではない。軽く済んでしまうのだ。大人になるほど重症になり死亡率も高くなる感染症といえば、SARSやMERSもそうだ。SARSの死亡率は全体では10%程度だが、子どもは1人も死んでいない。24歳未満の若者でも死亡率は1%程度なのに、50歳以上だと65%にはね上がる。いったい何が、子どもを保護しているのか。


*病院がウイルスの温床に
もしかするとそれは、はしかや風疹を予防するために接種する生ワクチンの意図せぬ効果なのかもしれない。だとすれば女性より男性のほうが新型コロナウイルスに感染しやすい理由も説明できる。女性は、妊娠中に風疹にかからないようにするため、10代のときにワクチン補助剤を接種するから守られているのかもしれない。新型コロナウイルスのワクチンの完成を待つ間、大人にはしかのワクチンを与えることで、先天的な免疫を活性化することはできないのだろうか。
リスクはウイルスだけにとどまらない。新型コロナウイルスで入院した患者のうち、本当にコロナウイルスに感染していた患者は半分もいない。過剰な診断によるこうした「偽陽性」のケースが今後何百例と出てくれば、本物の患者が必要な治療を受けられなくなる。24時間シフトで働く医療スタッフへの負担もますます増す。ウイルスに感染したが家族に移したくないという理由で病院に寝泊まりしているスタッフまでいるのだ。
病院そのものがウイルスの温床になるリスクもかなりのものだ。SARSが流行した2003年3月に、WHOが「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」を宣言したのも、多数の医療スタッフがSARSに感染したからだ。今回これまでに感染が報告されている医療スタッフはまだ16人だが、これが過少評価である可能性もある。1月25日には、患者に対応していた医師の最初の死亡例も伝えられた。
新型コロナウイルスに感染した患者を、単なる冬風邪を引いただけの患者と区別するのはほぼ不可能だ。迅速検査キットもないので、熱だけをみて多くが怪しいと判断される。検査結果を待つ間、あまりに多過ぎる「患者」のケアで医療スタッフは圧倒される。またもし、無症状の感染者からも感染が広がるのなら、症状だけに注目することは危険な見落としの原因になりかねない。
最も有力な対策は、マスクをすることや手洗いをすることなど、感染を防ぐ方法について人々を教育し、周知徹底させることかもしれない。中国当局も、普段はプロパガンダ用の国営放送から村のスピーカーまでを動員して予防を呼び掛けている。これが完璧に行われれば、すべての人を守ることができる。だが対象が広すぎるだけに、不完全に終わる可能性のほうが高い。もっと対象を絞ったやり方は、熱はあるが単なる風邪かもしれない人々は検査結果が出るまで留め置くだけにして、医者は本当に治療を必要としている患者に集中することだろう。
致死性の病原体は、現れれば否応なくパニックを引き起こす。だが感染症の歴史を振り返れば、大規模な隔離をするより、対象を絞って対処するほうが、感染の拡散とスピードを封じるのにより効果的だと教えている。
(Newsweek 翻訳:森美歩)
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